名古屋のスポーツ

ソチオリンピックで賑わった今年の冬ですが、スケート選手に名古屋出身の方が多いことをご存知でしょうか?
それはなぜなのか、今回考えてみようと思います。

名古屋のフィギュアスケート

実はこれは小塚選手のお祖父さん、光彦さんのおかげでもあるのです。
光彦さんが赴任した満州、ここは冬の楽しみがスケートでした。彼はそこでフィギュアスケートを学び、オリンピックも目指してました。
しかしオリンピックは戦争で開始されなくなり、スケート仲間の多くも戦争で亡くなりました。その後彼は命からがらに名古屋へと戻りました。
その後、昔抱いたオリンピックへの夢を息子に託すため、大須にリンクを作って自ら無料レッスンを始めたのです。
その時の教え子が伊藤みどり浅田姉妹のコーチでもあった山田コーチ、安藤選手のコーチを務めた門奈コーチでした。
その弟子達と、その教え子が現代のフィギュアブームを支えているのです。
また、良い演技を見せるため、NHK杯の前身である日ソ杯を招致したのも、この光彦さんなのです。

光彦さんの努力は全て、今のフィギュアブームに繋がっているのです。
そのため、光彦さんが亡くなるまでおられた名古屋ではスケートが特に盛んなのです。

名古屋人気質とフィギュア

他にも名古屋独特の気質が関係しているとも言われています。
特に、親の情熱が関係しているようです。
これはどういうことかというと、名古屋は昔から芸事が盛んでした。
そんな地域のため、「一芸にかける」風土が根付いているのです。特に、子どもの習い事への関心がとても高い親が多いと言われています。
更に言えばフィギュアスケートには他の習い事と比べても、特に熱心な親御さんが多いようです。
親の情熱が、子どもの技術のレベルアップに繋がっているとも考えられます。
スケートの練習にはほとんどの親が一緒に来て、子どもが何か新しい技を覚えても一番最初にそれを見るのは絶対親らしいです。
そんな方の中にはいつか子供をトップスケーターに!と夢見る情熱があるそうですよ。
親の情熱、これがフィギュア王国名古屋を作っていると言っても過言ではないでしょう。

また、日本中のスケートリンクがどんどんと潰れている中、夏でも使えるリンクがあるのも強みかもしれません。
当然ですよね練習する場所がないということは選手が育つ場所がないことにもなります。

ソチを見てわが子をフィギュアスケーターに!と考えた方は名古屋へのお引越しを考えるべきかもしれませんね。

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